今回は、まず手始めに企業価値評価の基本アプローチを復習していきたいと思います。
バイサイドであれば入札時にもちろん価格は必要ですし、セルサイドであれば売却対象の株式価値、あるいは事業価値を自分たちの目線として持っておくことは交渉の際に重要となります。
価格もただ単に出せばいいわけではなく、その価格付けにあたりどのような考えに基づいて算出したのか、という点は交渉の際に論点となる部分でもあります。買う立場としては、適当な価格で買っていたら高い買い物をしていると株主から怒られますし、売主としては不当に安い金額では絶対に売りたくないわけです。
例えば、未上場でまだ売り上げ実績がないものの優れたプロダクトを持っているという評価を受けているスタートアップ企業に対し、インカムアプローチを適用してものすごく低い価格付けをすることは合理的ではありません。
また、優れたビジネスモデルや顧客基盤を強みとしている企業に対して、コストアプローチを適用して簿価純資産の金額を価格付けすることも納得感がありません。
そこで、ディールごとに適切なアプローチをとる、あるいは組み合わせて適用させることが重要となりますが、まずはどのようなアプローチがあるのか、という点から見直していきたいと思います。本投稿では、数回に分けて以下のアジェンダで振り返りを実施していきます。
Agenda
企業価値評価の基本アプローチ - アジェンダ
- 基本となるアプローチ3種類の概要(コスト、マーケット、インカムアプローチ)
- コストアプローチの進め方
- マーケットアプローチの進め方 (Excelを使った算定方法、各種数値の取り方)
- インカムアプローチの進め方 (Excelを使った算定方法、各種数値の取り方)
- 海外企業に対する価値評価における調整方法
- スタートアップ企業に対する価値評価手法
多分、書いていくうちに「あれ?この部分、全然わかってない・・・」ということがかなり多くあると思いますが、そういった個所は新たに自分に対する宿題にしていく予定です。
それではさっそく、アプローチ3種類の概要から始めていきたいと思います。
基本となるアプローチ3種類の概要
(コスト、マーケット、インカムアプローチ)
M&Aアドバイザリーの立場としては、この3種類は基本中の基本になります。
しかし、クライアントから結構な頻度で「基本的なことで申し訳ないんだけどコストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチがそれぞれ何なのか説明してくれない?」と言われることもあったりします。M&Aをしょっちゅうやっている企業は多くないですから、馴染みがないのも当然かもしれませんね。
コストアプローチ
コストアプローチの考え方は 、資産や負債が持っているコスト、あるいは原価に着目する方法です。評価対象が企業の場合は企業全体、事業の場合はその事業が持つ資産や負債だけを対象に評価していくことになります。やることは、コストを積み重ねていく、という作業になります。
手法としては、図表にも示していますが、主に以下の2つ。
- 簿価純資産法:BS(バランスシート/貸借対照表の数値、つまり簿価を用いる)
もともといくらかかったんだっけ?いくらで買ったんだっけ?という方法 - 時価純資産法: BS(資産、負債を時価評価して、足し引きする)
今の時価っていくらなんだっけ?今買い替えるとしたらいくらなんだっけ?という方法
他のアプローチとの違いとしては、過去~現在までで判断できるコストに目を向けている評価手法である点が挙げられます。M&Aにおいては過去ではなく、未来の価値を評価すべき、という考えが一般的ですので、コストアプローチによって算出した数値はあくまで参考値となることが一般的な気がします。
企業の清算の場面など、今後収益が見込めない(今後の収益に注目するインカムアプローチが使えない)、市場からも評価されていない (市場における評価に注目するマーケットアプローチが使えない) 、という場面においては過去に発生したコストで価値評価をするということは合理的な手法となるでしょう。
ここではまだ概要だけにさせてもらいまして、後ほど具体例も交えつつ詳細に記述できればと思います。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチの考え方は、評価対象が市場からどの程度の評価を得ているのか、あるいは得るだろうか、というものになります。時価総額という言葉は誰もが聞いたことがあるかと思いますが、上場している企業であればまさにこれが市場(つまり投資家たち)からの評価になります。
ちなみに、時価総額 = 株価 × 発行済み株式総数ですね。
では未上場の場合はどうするのか。市場からの評価がないので他の手法を選びましょう、とはなりません。同じ業態、業界、資本構成などの特徴を持つ、類似している上場企業を調べ、それらの企業の市場からの評価額を参考にして、推定します。このときに使う算定方法を倍率法(Multiple法・マルチプル法)と言ったりします。詳細はまた後ほど記述しますが、イメージとしてはこんな感じです。
- 評価対象A社(未上場) 売上:75億円
- A社と類似する企業(上場) 売上:100億円、時価総額:8億円
→時価総額に対して、売上は100億円/8億円=12.5倍
(これがMultiple ・マルチプル・倍率と呼ばれる) - A社も同様に時価総額の12.5倍が売上であると考え、売上から時価総額を逆算する。
→時価総額(仮)=75億円÷12.5倍=6億円。
実際には、売上を用いた倍率を用いるよりは営業利益やEBITDAを用いることが一般的ですが、これまた後ほど詳述とさせて頂きます。
また、株価に注目する以外にも、直近で発生したM&Aにおける取引価格を使用するという手法もあります。実際、似ている企業が直近M&Aで売買された、という事例はかなりレアなので教科書のなかでしかお目にかかったことはないです。
まとめますと、以下の3種類。
- 市場株価法: 上場している企業の時価総額を使用
- 類似企業比準法:対象企業と似ている企業の時価総額と他数値(売上など)の関係から推定
- 類似取引比準法:対象企業と似ている企業のM&A取引価格と 他数値(売上など)の関係から推定
他のアプローチとの違いは、評価手続きの中に市場参加者という第三者目線が含まれているため、この方法で算出された価格は客観的であるとされている点ですね。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、企業あるいは事業の将来の収益に注目する手法です。
価値とは今後どれだけの収益が見込めるかということである、という視点に立ち、現時点で計画されている企業あるいは事業の将来の収益見込みを現在価値に割り引くことで、今後発生する収益を現時点で評価します。
現在価値に割り引く、という方法について触れますと、わかりやすい説明は将来の価値を算出する考えを逆にたどる方法ですね。例えば、以下のようなイメージ
- 今手元に100万円があり、これを投資信託に預けておくと年率2%の運用利回りが見込める。
- ここで、5年後の価値(将来価値)はいくらかというと、複利計算により以下のように考えられる。
100万円 × (1.02)^5 =100万円 ×1.104...≒110.4万円 - 逆に、5年後に100万円がもらえるとすると、現在の価値は以下の計算をすることで算出することができる。
100万円 ÷ (1.02)^5 =100万円 ÷1.104...≒90.6万円
この考え方で、1年後、2年後・・・5年後・・・その後の継続価値などを割引いたものを合計することで将来の収益をもとに、現在の価値が算出できます。
割り引く際に使用する加重平均割引率(WACC/ワックといいます)、継続価値の考え方などはまた後程詳述します。
また、収益をいかに投資家に分配するか、これが価値である、という考えに基づいた方法もあります。まとめると、以下の2つ。
- DCF法(ディスカウンテッドキャッシュフロー法):将来の収益予想を使って、すべてを現在価値に割り引いて企業価値を求めていく。
- 収益還元法:配当などの分配計画から企業価値を求めていく
他のアプローチとの違いは、未来に目を向けていることですね。M&Aを行う場合であれば、過去でもなく、現在でもなく、未来の価値を見込むべき、という意味では最も論理的な価値算定方法となります。一方で、未来に視線を向けたアプローチなので未確定の情報を前提にせざるを得ない点は取り扱いが難しいポイントとなります。
以上、簡単に3種類のアプローチについて振り返ってみました。詳細や、具体的な算定方法については後程やっていきます。
ここまで書いていて、企業価値、事業価値、株式価値のちがいについても整理しておいたほうがいいな、と感じましたので、これもまた後日トピックにしていきたいと思います。